「自分はノンフィクションライターではないのか」という自覚?疑念?がうまれ、ノンフィクションを意識して読んだ。結果、あたりまえといえばあたりまえだが、現象学的な質的研究とノンフィクション文学との違いは意識できるようになった笑。とはいえもしも良質のドキュメンタリーが書けるのであればそれはそれで本望だし、現象学はまだドキュメンタリーの高さと重層性に届いていない。
西成区にきがつくとほぼ毎週通っていることから、差別を生き抜いてきた人たちの歴史を勉強したくなってきた。加えて、西成では支援者の皆さんからはいろいろなことを学んでいるが、もともと研究上のテーマとしていることとは別に、「歴史」ということをリアルに感じることが初めてできている。いままで歴史学や歴史哲学が語る「歴史」を自分の生活とリンクさせることができなかったのだ。以下は読んだ順番にあげる。
上原 善広(2009/2012)、『日本の路地を旅する』 (文春文庫)
全国に残存する(そしてその多くが消えつつある)被差別部落を丁寧に訪れ、土地の人たちの聞き取りをし、酒場でいっしょに飲み食いをして風土を記録していく。これは相当に面白い。被差別部落だった場所は実はさまざまな歴史的な経緯と現れをもっており、それぞれのひだをもつ。
「路地」という言葉遣いは中上健次に由来する。中上も今年は熱心に読んだ。
石牟礼道子(1969/2014)、『苦海浄土 わが水俣病』 (講談社文庫)
古典中の古典で今まで読んだことがなかったのが恥ずかしいが訃報を機に読んでみた。大阪に住む今だから本書の価値を受け止めることができるのも事実。若い頃にはわからなかったと思う。
土地の言葉で語られる漁民の実感から裁判記録まで、そしてなによりも水俣病をひきうけた人たちの重たい言葉、その他さまざまな言葉からなりたつ重層的な作品であり、こういう作品を読むと(いまのところ)現象学では描けない生のありようもまた際立つ。
森崎 和江(1973/1996)、『奈落の神々 炭坑労働精神史』 (平凡社ライブラリー)
炭鉱というものがまったく固有の文化をうみだしていたということをはじめて知った。人権がまったく守られていない劣悪な環境においてそれゆえに固有のエートスが成立している様子を森崎は丁寧な聞き取りで記述していく。それとともに中世以来の文書を読みといてどのような重層性のなかでこの文化が成り立ったのかを描き出す。炭鉱の文化がもう消え去る瀬戸際にあるという自覚をもって書かれた書物でもある。
結局、筑豊の炭鉱、足尾銅山から原爆・沖縄戦、水俣から福島まで権力と技術に一部の人が蹂躙される形で国が維持されるという構造は、日本が統一国家を形成して以来なんの変化もない。終戦直後に今の形をとるようになった西成もこの文脈のなかに位置づけられるわけで、MYTREEの悠子さんやこどもの里の荘保さんがいつも言っていることがようやく実感できた。
石牟礼と森崎となると「サークル村」が気になるがこれは来年の楽しみにしよう。
他には瀬川拓郎の『縄文の思想』と『アイヌと縄文』が面白かった。貨幣経済と権力構造の成立がリンクしているというのはクラストルからしても首肯できるが、貨幣経済社会と狩猟民・漁民の接点でフラットな交流の場が生成するという指摘が面白い。僕自身は当事者研究などでうまれつつあるあたらしい文化の動向と連続させて考えている。浦河がアイヌの住む土地だったことは偶然ではないのかもしれない。
洋書ではFélix Guattari, Micropolitique [Micropolitica] (1996)か。
絵画作品では福田美蘭のグリーンジャイアント。ポリリズムを『摘便とお花見』以来、自分の本のなかで強調しているだが、これはもともとの自分の好みを反映している。石牟礼も森崎もガタリも福田もそう。
しかし音楽はすっかりあきらめている。しいていうとワインベルクのチェロ曲が今年の発見で、ときどき聴いた。
@@@
『在宅無限大』は一つの節目だった。10年ちかく行ってきた看護の研究が(来年刊行予定の共著と合わせて)一段落することになるからだ。
この数年間訪れて聞き取りを続けている西成を中心とした子ども支援については、どのような方法で描いたらよいのかまだ見当がついていない。実は看護の実践とソーシャルワークの実践では、(教科書的な違いではなく、その超越論的な構造が)大きく異なる。なので看護の研究とはかなり変えないといけないのはまちがいないのだが、それが現象学にとどまるのかそれとも現象学の外に出ないといけないのかもわからない。「現象学の外」を意識しているのは、コミュニティの自発的な生成ということが主題となるときに、内在的な視点を取る現象学によってどのように描くことができるのかどうかがよくわからないからだ。とはいえ、僕は社会学者ではないのでそれともまた違うアプローチを取ることにはなるのだろう。